大学生のわたしは
90%がウェディングでいっぱいだった。
(今も変わらないかな それ以上かな^^)
わたしの大学卒業後は
新しく入ってきたプロデュース会社のもとで
社員としてお世話になることが決まった。
わたしをこのゴトウフローリストウェディングに
入れてくれた恩師が進めてくれた未来。
お前はウェディングの世界で生きていくために
私たちのもとから離れなさい
そしていつか大きくなって戻ってきなさい
“ゴトウフローリストに杉原あり”
そんな人になりなさい。
そんな大きな背中の後押しの言葉のもと
わたしは新しいプロデュース会社に移行した。
大学を卒業してもずっとここに居て
わたしはゴトウフローリストウェディングを背負い生きる。
そんな未来が夢のようで
そんな自分になるために 必死だった。
大学の単位はぎりぎり、論文は再提出
しかし無事に卒業。
高校卒業から少しずつ回復していった
体調はというと
この頃には通院も間隔が空いていて
甲状腺の値もだいぶ安定してきていた。
食欲は旺盛なんだけど
偏食が見受けられる。
高校生時代の拒食から来るちょっとした過食があるのと
食べるものがものすごく偏り
好きなものをふんだんに食べ
身体に害のあるものが体内に入ると
とにかく量を食べては少し吐く。
人に言うまでもない食障害は致し方なく
あれだけの経験からゆえの残留はすぐにはぬぐえなかった。
忙しい毎日の中の小さな戦いは
自分の中ではまだ残っていた。
その中でも女性器官の克服はすぐには解決せず
自分の力で生理を起こすのはまだ少し難しい。
女性らしい身体をもらうには
まだまだ時間がかかった大学生の終わり。
わたしの毎日はそれを忘れられるような
ウェディングの色でいっぱいだった。
そんな22歳。
‐——‐——‐——‐——
わたしの大学生活後半は
人より少し早めに社会への旅に出たような
緊張感ある毎日でした。
大人と接する
大人と会話をする
大人に意見を伝える
人生の先輩方と共に過ごす毎日の中で
自分の中での約束事
素直でいること
気持ち良い返事をすること
始まる時間より1時間は前に到着して
掃除をすること
これだけを毎日守って生きていました。
初めて足を踏み入れた六本木という街で
どきどきしながら
一生懸命。
そんな毎日でした。
Natsu.